最近、脳に関する話題が取り上げられることが多くなっています。脳を鍛える「脳トレ」や「脳年齢」などの身近な話題から、臓器移植関係の話で出てくる「脳死」など深刻な問題もあり、脳に対する私たちの興味や知識が深まっています。脳は人の活動のすべてをコントロールしていて、私たちが朝起きてご飯を食べて仕事や学校に行って帰ってきて寝る、といったごくあたりまえの行動ができるのも脳が正常に働いているからです。

 記憶や情報処理、機能のコントロールといった脳の機能はよくコンピュータに例えられますが、夢を見るとかうれしい悲しいといった感情はコンピュータにはありませんし、何のために働いているかとか成立論的な見地からみると大きく異なっているのです。

 今回は「脳は何のために働いているか」というテーマを理解するために、まず脳の情報処理に特徴的にみられる錯誤(勘違いや間違い)や情報の抽出という機能を考えてみましょう。

1) なぜ脳は間違えるか?

 コンピュータはプログラムが正しい限り間違いを犯しません。しかし私たちはとてもたくさんの間違いをしてしまいます。テストが近くなるとコンピュータのような優れた機能をもった脳が欲しくなりますよね。でも、脳は本当にコンピュータより劣っているのでしょうか?ここでは話を単純にするために目の錯覚(錯視)を間違いの代表として考えてみます。図1をみてください。

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図のA, B, Cにある2本の平行線は同じ長さですが、Bでは2本の斜線があるため、上の方が長く見えませんか?これはポンゾの錯視と呼ばれるものです。脳の情報処理では、本来同じものが周りの状況によって違って見えるという間違いを犯します。しかしCのような3次元空間ではたとえ紙の上で同じ長さの線でも実空間の中では奥にあるものが長いため違って見えた方が便利です。このような情報処理はコンピュータで実現するには複雑なプログラミングが必要になりますが、脳は無意識に処理してしまいます。

 脳の情報処理は実生活に即したよりすぐれたものであるといえます。単純な計算間違いもひょっとしたらこのような高度な情報処理の結果かもしれませんね。

2) 脳はうそつきである!

 友達の顔を見ていて誰かに似ていると思ったことはありませんか?似ている、似ていないの感じ方は人によってずいぶんと違いますが、どうしてなんでしょうか。これは脳がものを認識するときに見たり聞いたりした情報のすべてを記憶するのではなく、最低限の特徴を抽出してアバウトな情報を記録するからなのです。なぜこうするかというと、一つは脳には記憶容量の限界があるため不必要な情報を減らしてできるだけ多くの情報を保持できるようにするためです。しかしもっと重要な意味は、似たような情報を同じ種類の情報として類系化して認識するという、とても高度な情報処理が可能になるという点にあります。たとえば、正面から写した顔の写真をコンピュータのように正確に認識すると、ちょっと斜め横を向いただけで同一人物と認識されなくなってしまいます。その点、アバウトな情報、例えば輪郭とか目や鼻の位置関係とかを特徴として記憶しておけば多少横を向いても同一人物として認識できるわけです。図2をみてください。

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いずれも楕円と3本の線です。A,Bは単なる図形に見えますが、C,Dは顔にみえますね。CはBを上下逆さましただけです。また、CとDでは別の人に見えませんか?さらに、表情や性格の違いも感じられますね。脳はこのように多様な外界の情報を単純化して類系化し、それぞれの関連性を持たせて記憶しています。同じ物まね芸人の演技も人によって似ている、似ていないの感じ方が違うのは、どこの特徴を抽出してどのような類型化をしているか、それがどのような情報と関連づけされているかが違うためにおこるのです。

 今回は脳の情報処理は結構アバウトだということを説明しました。こんなのでいいのかな、と思えるほどアバウトなのですが、これは脳が単なる記憶装置ではなく、世界を認識し生き残るための判断を行う高度な情報処理装置なのです。したがって、記憶する装置ではなくてその情報をどうやって活用し、生き延びるかを考える装置なのです。

 次回は「マインドセットによる世界の認識」というテーマで「脳は何のために働いているか」を解説します。

名古屋大学環境医学研究所脳機能分野  澤田誠