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会社概要

社名 株式会社INFマネージメント
設立 2001年6月
所在地 〒461-0005 名古屋市東区東桜2-13-30 NTPプラザ東新町3階
資本金 24,000,000.-
代表者 代表取締役会長:吉川雄二(株式会社アイ・エヌ・エフ代表取締役社長兼務)
取締役社長:黒田太郎 (愛知県議会議員兼務)
TEL 052-939-1656
FAX 052-939-1617
業務時間 平日:9.00 – 17.30
事業内容 ■労働者派遣事業(派23-301625)
■有料職業紹介事業(23-ユー301442)
*事務系、技術系
*海外へ、海外からの派遣・紹介はお問い合わせ下さい。国ごとに申請が必要となります。
■通訳・翻訳
*海外での通訳なども承ります。
■海外調査・コンサルティング
*現地での下請け調査及び条件に合った下請けの調査
■ビジネスマッチング

事業紹介

1. 労働者派遣事業(事務系・技術系、国内及び海外)
2. 通訳・翻訳

通訳・翻訳対応言語:英語、中国語、韓国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語、オランダ語、ポルトガル語、チェコ語、ロシア語、トルコ語、タイ語、ベトナム語、その他東欧語・北欧語。上記以外の言語の翻訳もお問い合わせ下さい。(日本語からの場合、英語を介する場合があり、英語化費用も加算されます。)

通訳・翻訳の範疇

■産業翻訳、一般翻訳等、一般的なものから専門的な書類・資料の翻訳全般
■査証翻訳
■プレスリリース・カタログ
■会社案内・CSRレポート・各種マニュアル

通訳・翻訳分野

経済・政治・文化・農業・生産工業・機械・電子工学‐IT・観光・医療・メディア‐広告・経理‐会計、 銀行、環境、法律、建設‐建築など。その他、幅広い分野の通訳・翻訳を引き受けています。

2. その他のサービス

インターナショナルビジネスコーディネーション: ビジネスライセンスや法律上のコンサルティング、ロジスティックや市場調査なども対応します。
ビジネスマッチング
現地でのオフィスやアパート探しのサポート
外国語講師(家庭教師含む)等の派遣及び紹介

 オバマ米大統領は27日、現職の米国大統領として初めて被爆地・広島を訪問し、演説した。「核なき世界」の実現に向け、「1945年8月6日の朝の記憶を薄れさせてはなりません」と訴えた。

 

朝日新聞による全文の日本語訳は次の通り。

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 71年前、明るく、雲一つない晴れ渡った朝、死が空から降り、世界が変わってしまいました。閃光(せんこう)と炎の壁が都市を破壊し、人類が自らを破滅させる手段を手にしたことを示したのです。

 なぜ私たちはここ、広島を訪れるのか。私たちはそう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いをはせるために訪れるのです。10万人を超す日本人の男女そして子どもたち、何千人もの朝鮮人、十数人の米国人捕虜を含む死者を悼むために訪れるのです。彼らの魂が私たちに語りかけます。私たちに内省し、私たちが何者なのか、これからどのような存在になりえるのかをよく考えるように求めているのです。

 広島を際立たせるのは戦争の事実ではありません。暴力を伴う紛争は太古の昔からあったことが古代の遺物からわかります。火打ち石から刃を作り、木からやりをつくることを学んだ私たちの祖先は、これらの道具を狩猟だけでなく、人間に対しても使ったのです。食糧不足、富への渇望、国家主義的な熱烈な思いや宗教的熱情に突き動かされ、世界のどの大陸でも文明の歴史は戦争にあふれています。いくつもの帝国の興亡があり、人々は服従を強いられたり、解放されたりしました。それぞれの時期に罪なき人たちが犠牲になり、その名は時がたつにつれて忘れられていきました。

 

広島と長崎で残酷な終結を迎えることになった世界大戦は、最も豊かで、最も力の強い国々の間で戦われました。それらの国の文明は世界に偉大な都市や素晴らしい芸術をもたらしました。思想家たちは正義や調和、真実に関する考えを生み出してきました。しかし戦争は、最も単純な部族間の紛争の原因となった、支配や征服をしたいという本能と同じ本能から生まれてきたのです。新たな能力によってその古いパターンが増幅され、ついには新たな制約がなくなってしまったのです。

 数年の間で6千万人もの人たちが亡くなりました。男性、女性、子ども、私たちと何ら変わりのない人たちが、撃たれ、殴られ、行進させられ、爆撃され、投獄され、飢えやガス室で死んだのです。この戦争を記録する場所が世界に数多くあります。勇気や英雄主義の物語を語る記念碑、筆舌に尽くしがたい悪行を思い起こさせる墓地や無人の収容所です。

 しかし、この空に立ち上ったキノコ雲のイメージのなかで最も、私たちは人間性の中にある根本的な矛盾を突きつけられます。私たちを人類たらしめているもの、私たちの考えや想像力、言語、道具をつくる能力、自然を自らと区別して自らの意思のために変化させる能力といったものこそが、とてつもない破壊能力を私たち自身にもたらすのです。

■「8月6日の記憶忘れてはならない」

 物質的な進歩または社会的革新によって、私たちは何度この真実が見えなくなるのでしょうか。どれだけたやすく、私たちは何かより高い大義の名の下に暴力を正当化してきたでしょうか。あらゆる偉大な宗教が愛、平和、公正への道を約束しています。しかし、いかなる宗教も信仰が殺戮(さつりく)の許可証だと主張する信者から免れていません。

 国家は人々を犠牲と協力で結びつける物語を伝え、顕著な業績を可能にしながら台頭します。しかし、それらの同じ物語は、幾度となく異なる人々を抑圧し、その人間性を奪うために使われてきました。

 科学によって、私たちは海を越えて通信を行い、雲の上を飛び、病を治し、宇宙を理解することができるようになりました。しかし、これらの同じ発見は、これまで以上に効率的な殺戮の道具に転用することができるのです。現代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれます。広島がこの真実を教えてくれます。

 

 科学技術の進歩は、人間社会に同等の進歩が伴わなければ、人類を破滅させる可能性があります。原子の分裂を可能にした科学の革命には、道徳上の革命も求められます。だからこそ、私たちはこの場所を訪れるのです。私たちはここに、この街の中心に立ち、原子爆弾が投下された瞬間を想像しようと努めます。目にしたものに混乱した子どもたちの恐怖を感じようとします。私たちは、声なき叫びに耳を傾けます。私たちは、あの恐ろしい戦争で、それ以前に起きた戦争で、それ以後に起きた戦争で殺されたすべての罪なき人々を思い起こします。

 

 単なる言葉だけでは、こうした苦しみに声を与えることはできません。しかし私たちは、歴史を直視する責任を分かち合っています。そして、こうした苦しみの再発を防ぐためにどうやり方を変えるべきなのかを問わねばなりません。いつか、証言するヒバクシャ(被爆者)の声が聞けなくなる日がくるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶を薄れさせてはなりません。その記憶は、私たちが自己満足と戦うことを可能にします。それは私たちの道徳的な想像力を刺激し、変化を可能にします。

 

 あの運命の日以来、私たちは希望をもたらす選択をしてきました。米国と日本は同盟だけでなく、私たちの市民に戦争を通じて得られるよりも、はるかに多くのものをもたらす友情を築きました。

 欧州諸国は、戦場を通商と民主主義の絆に置き換える連合を築きました。抑圧された人々と国々は解放を勝ち取りました。国際社会は戦争を回避し、核兵器の存在を制限し、縮小し、最終的には廃絶するために機能する組織と条約をつくりました。

 

 それでもなお、世界で目の当たりにする国家間のあらゆる攻撃的行動、あらゆるテロ、腐敗、残虐性、抑圧は、私たちの仕事に終わりがないことを物語っています。

■「広島と長崎 道徳心の目覚めに」

 私たちは、人間の悪をなす能力をなくすことはできないかもしれません。だからこそ、国家や私たちが作り上げた同盟は、自衛の手段を持たなければなりません。しかし、私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たなければなりません。

 

 私の生きている間に、この目標は実現できないかもしれません。しかし、たゆまぬ努力によって、悲劇が起きる可能性は減らすことができます。私たちは核の根絶につながる道筋を示すことができます。私たちは、ほかの国への核拡散を止め、狂信者たちから死をもたらす(核)物質を遠ざけることができます。

 しかし、それでもまだ十分ではありません。なぜなら、粗製のライフルや樽(たる)爆弾でさえ、どれだけ恐ろしい規模の暴力を起こせるのか、私たちは世界で目の当たりにしているからです。私たちは戦争そのものへの考え方を変えなければいけません。それによって、外交を通じて紛争を防ぎ、すでに始まった紛争を終わらせる努力をしなければなりません。相互依存の高まりが、暴力的な競争の原因になるのではなく、平和的な協力を生むものだと考えるのです。そして、私たちの国家を、破壊能力によってではなく、何を築き上げるかで定義づけるのです。

 そして、おそらく何にもまして、私たちは一つの人類の仲間として、互いの関係をつくり直さなければいけません。なぜなら、そのことも人類を比類なき種にしているものだからです。私たちは遺伝情報によって、過去の間違いを繰り返す運命を定められているわけではありません。私たちは学び、選ぶことができます。人類が共通の存在であることを描き、戦争をより遠いものにし、残虐な行為は受け入れられがたいような、異なる物語を私たちは子どもたちに伝えることができます。

 

 私たちはこうした物語を、ヒバクシャの中にみることができます。原爆を投下した爆撃機のパイロットを許した女性がいます。なぜなら、彼女は本当に憎いのは戦争そのものだと分かっていたからです。ここで殺された米国人たちの家族を捜し出した男性がいました。なぜなら、彼は彼らの喪失は自分たちの喪失と等しいと信じていたからです。

 

 私の国の物語はシンプルな言葉から始まりました。「すべての人は等しくつくられ、生命、自由、幸福追求を含む、奪われることのない権利を創造者から授けられた」。そうした理想を実現するのは、たとえ私たちの国内であっても、国民同士であっても、決して簡単なことではありませんでした。しかし、その物語へ忠実であり続けることは、努力に値することです。大陸を越え、海を越えて追い求められるべき理想なのです。すべての人の減らすことのできない価値。すべての命は尊いという主張。私たちはたった一つの人類の一員なのだという根本的で欠かせない考え。これらが、私たち全員が伝えていかなければならない物語なのです。

 それが、私たちが広島を訪れる理由です。私たちが愛する人のことを考えるためです。朝起きて最初に見る私たちの子どもたちの笑顔や、食卓越しの伴侶からの優しい触れあい、親からの心安らぐ抱擁のことを考えるためです。私たちはそうしたことを思い浮かべ、71年前、同じ大切な時間がここにあったということを知ることができるのです。亡くなった人たちは、私たちと変わらないのです。

 普通の人たちは、このことを分かっていると私は思います。普通の人はもう戦争を望んでいません。科学の驚異は人の生活を奪うのでなく、向上させることを目的にしてもらいたいと思っています。国家や指導者が選択をするにあたり、このシンプルな良識を反映させる時、広島の教訓は生かされるのです。

 世界はここで、永遠に変わってしまいました。しかし今日、この街の子どもたちは平和に暮らしています。なんて尊いことでしょうか。それは守り、すべての子どもたちに与える価値のあるものです。それは私たちが選ぶことのできる未来です。広島と長崎が「核戦争の夜明け」ではなく、私たちが道徳的に目覚めることの始まりとして知られるような未来なのです。

 

以上

Full text of Obama’s speech at Hiroshima Peace Memorial Park

May 27, 2016 (Mainichi Japan)

U.S. President Barack Obama visited Hiroshima on May 27, becoming the first sitting American president to do so after the United States dropped an atomic bomb on the city 71 years ago. After visiting the Hiroshima Peace Memorial Museum with Japanese Prime Minister Shinzo Abe, Obama laid a wreath before the cenotaph for A-bomb victims and made a speech at the Hiroshima Peace Memorial Park.

***

Seventy-one years ago on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city, and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in the not-so-distant past. We come to mourn the dead, including over a hundred thousand Japanese men, women and children, thousands of Koreans, a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us, they ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint, and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain, or hunger for gold, compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered — a countless toll, their names forgotten by time.

The world war that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities, and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes — an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die: men, women, children, no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

There are many sites around the world that chronicle this war, memorials that tell stories of courage and heroism, graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies we are most starkly reminded of humanity’s core contradiction — how the very spark that marks us as a species, our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will — those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

How often does material advancement or social innovation blind us to this truth? How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness. And yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith is a license to kill.

Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds, to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever more efficient killing machines.

The wars of the modern age teach us this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution as well.

Obama

That is why we come to this place.

We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow. Mere words cannot give voice to such suffering. But we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again.

Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of Aug. 6, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war.

The nations of Europe built a union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war, and aspired to restrict, and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

Still, every act of aggression between nations, every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done.

We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations and the alliances that we formed must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear and pursue a world without them. We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe.

We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations and secure deadly materials from fanatics. And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale.

We must change our mindset about war itself — to prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they’ve begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation, and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build. And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race — for this, too, is what makes our species unique. We’re not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story, one that describes a common humanity, one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

We see these stories in the hibakusha: the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here because he believed their loss was equal to his own.

My own nation’s story began with simple words: “All men are created equal and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty, and the pursuit of happiness.” Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens. But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for, an ideal that extends across continents and across oceans.

The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious, the radical and necessary notion that we are part of a single human family: That is the story that we all must tell.

That is why we come to Hiroshima, so that we might think of people we love, the first smile from our children in the morning, the gentle touch from a spouse over the kitchen table, the comforting embrace of a parent. We can think of those things and know that those same precious moments took place here, 71 years ago. Those who died, they are like us.

Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child.

That is the future we can choose, a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening.

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 最終回 私たちが夢を見る理由

 脳は寝ている時も働いています。マインドセットという記憶の塊を最適化するために情報の整理を行っています。この時、いろいろな情報がおそらくランダムに呼び出されて生命の大原則(第3回で説明しました)に沿って自分に必要な情報を取捨選択しているのです。この時、前頭連合野という部分が活動して作業記憶と呼ばれる一時的な記憶(〜数分ぐらいで消えてしまう一時的なもの。夢の内容をすぐ忘れてしまうのはこの記憶がすぐに消えてしまうからです)に呼び出されて必要かどうかが検討されるといわれています。この作業記憶にはランダムないろいろな情報が入っていて、それぞれにはあまり「意味的な」関連はないのです。この状態で目がさめると頭の中にはいろいろな情報が、イメージの形で残っています。このイメージを私たちの「意識」が認識することになり、そのイメージが鮮明に残っていると「ああ、夢を見ていた」となるのです。さらに、第2回で紹介したように脳は都合の良いように情報を結びつけてストーリーを作ってしまう習性があるため、ランダムなイメージを無理矢理結び付けてしまい、しばしば夢が荒唐無稽な話になってしまうわけです。

 つまり夢とは、睡眠中の脳の重要な作業の一部を覚醒した意識が認識し、補完という作業を行った結果であると説明できます。ちょっと表現が難しいでしょうか?この作業は私たちが生き残るために必要なマインドセットを作り上げていくことですが、マインドセットは私たちの経験に基づく情報でありわたしたち自身そのもの、つまり個性や人格形成に関わっているのです。

 もう少し細かい視点で見てみると、寝る前に経験した情報を脳の中だけで再度体験すること、その時にいらない情報は排除していくこと、を行っているといえます。これは生きるためのリハーサルのようなもので、次に同じような状況になった時により効率よく行動するための作業ともいえるわけです(これは、動物を使ったたくさんの実験で証明されています)。さらに、脳内で何度も再体験することによって、例えば辛い体験やトラウマなどに伴う大きな感情の動きをできるだけ小さくしていく、自己治癒的な役割も持っているようです。

夢の情報の持つ意味

  夢の元になっている情報は私たちに必要な情報、つまり気になっている情報がたくさん含まれています。その情報とは、より感情が動いた情報だということは第3回で紹介しました。そうすると楽しかった思い出や苦しかった出来事などが同じくらい夢に出てきても良さそうなものなのですが、どちらかというと、怖かった/苦しい/不安/不思議な夢の方が多いような気がしませんか?これもどうやら本当らしいです。生命の大原則から考えると、プラスの要因よりもマイナスな要因をしっかりと把握してマインドセットを作り上げた方がより生存には有利であるからですね。また、上にも書いたように、辛い感情は夢の中で何度も追体験することで徐々に感情の振れ幅を抑え込めるということもあるので、必然的にそんな夢を見る回数が多くなるのも当然かもしれません。なんといっても怖い夢は起きたあとに印象に残りやすいこともあります。

夢分析で何がわかるの?

夢に出てくる情報は自分自身が気になっていることです。従ってどんな夢を見たかを分析すると、ある程度は自身の無意識の領域について知ることができる可能性があります。ただし、睡眠中の脳の活動はマインドセットの更新であり、その情報は一晩の夢だけでは正確に分析できない場合も多くあります。正確な夢分析を行うには過去の数週間から数カ月、場合によっては幼少期からの経験などを踏まえて行う必要があります。

 とはいっても、夢って気になりますよね。分析の基本は脳の情報処理の原理に沿ったものになります。もっとも簡単な方法は、夢の内容を「アイテム」「シチュエーション」「ストーリー」に分解して行います。

アイテム:夢に出てくるもの、人、場所など
シチュエーション:状況や行動。「食べる」「飛ぶ」「火事」など
ストーリー:話の展開について。

アイテムやシチュエーションは心理的な状態が投影されるといわれています。また、夢に出てくる登場人物や動物、場合によっては物、これらはそれに対して自分が思い描いているイメージの投影です。例えば織田信長が出てきても、それは自分が持っている織田信長のイメージを投影した物で、その織田信長の言動は自分自身の中にあるものです。

 シチュエーションは主にその状況などの潜在的な意味を持つことが多く、例えば「火事」は「燃え上がる」という意味が強く上昇志向的な感情を伴っていると解釈されます。ストーリー展開は脳が持つ補完機能の反映が強く、その時点での自分自身の取捨選択の基準を伴っているといわれています。  ここで気をつけなければならないのは、夢の良い悪いの判断です。夢の中では一般社会の規範はそれほど重要なものではなく、したがってしばしば現実世界の良い悪いとは一致しません。例えば「殺人」。殺す夢、殺される夢は悪夢のように思えますが、後で説明するような身体的は反応(びっしょり汗をかくとか大声を上げて目をさますとか)がなければ、それはどちらかというと良い夢です。夢の中では殺人はその人が一つ高い次元に移るとか、一皮むけるというような意味が強くなります。上に書きましたが殺す場合でも殺される場合でもそれは相手も自分。例えばあるタレントさんが帽子を目深にかぶった人に刺される夢を見て、刺される瞬間に帽子を払いのけるとそれは自分だった、という話を分析することになりました。えっ、コワ〜イ。スタジオの反応でしたが、これはまさに自分自身のこと、自分自身の悪い点に薄々気がついていて、その部分を刺す(刺激するのか、滅却するのかはこの話だけでは判断できませんが)ことで一皮むける、このタレントさんの場合、芸能人として成功するという意味です。同じ方が「織田信長を殺す夢を見ましたが」といっていました。これは自分の中にある織田信長のイメージに通じる行動か感情かをなくすと一皮むけるっていうことですね。  「飛ぶ夢」もよく出てきます。分析のポイントは高いところを飛んでいるか低いところか、なんとか必至で飛ぼうとしているのか悠々と飛べているかで分析結果は異なります。簡単だと思いますが、考えてみてください。  もう一つの注意点として、上に書いた身体的な反応や情動を伴う夢の場合です。睡眠中であっても体の機能は脳でコントロールされています。その状態は無意識下でモニターされているので、夢から覚めた時に手がしびれているとか、胸の上に何かが載っている夢とかは体の不調が睡眠中の脳の作業に干渉した結果であることが多いようです。  夢は無意識からの自分自身へのメッセージともいえます。あまり意識しないと夢を見ていたことも忘れてしまいますが、普通に生活している人であれば夢の元になるイメージは寝ている時の脳の作業として毎晩体験しているのです。良い夢を見て、健康な生活を送りましょう。

〜完〜

 睡眠の深さと脳の活動

 睡眠にはその深さに応じて4段階に分けられ、普通の人では周期的に浅い睡眠から深い睡眠に段階的に一晩に数回繰り返しまnou5す。もっとも浅い睡眠はREM睡眠と呼ばれ、寝ているにもかかわらず目がキョロキョロ動くので、夢を見ていると考えられてきました。ところが、REM睡眠時以外の深い睡眠の時にも夢を見ていることが次第に明らかになってきました。しかし夢といっても浅い睡眠の時に見る、ストーリーがはっきりした、時には荒唐無稽な夢とは違って、単純な行動や状況、更に睡眠の深度が深くなると漠然としたイメージのようなものになるようです。これらは一般的な夢の定義からいって夢とはいえるようなものではないかもしれませんが、睡眠中の脳の働きからすると原理的には同じ仕組みで浮かんでくるイメージです。

 睡眠の深さは脳波の活動パターンによって分類され、睡眠が深くなるにつれ徐波と呼ばれるゆっくりした周期の大きな波形が見られるようになります。脳波は脳の表面に近いところにある神経細胞の活動の同期性に由来すると説明されているため、睡眠の深度が深くなって徐波が増えるということは、より多くの神経が同期をして活動するようになると考えられています。したがって、睡眠の深度が深いほど多くの神経が関与しなければならないより複雑な情報や多くの連携を持った情報が扱われているのだろうと想像できます。

 記憶の分類と睡眠中に整理される情報の種類

ここで、記憶と言われる脳が持っている情報の分類について説明します。記憶はその保持時間の長さから、感覚記憶、作業記憶、短期記憶、長期記憶などに分類されますが、一般的に記憶と呼ばれているのは長期記憶のことを指していることが多いようです。長期記憶には言葉で表現できる「陳述記憶」と言葉では表現できない「非陳述記憶」があります。更に、陳述記憶には経験や出来事などの個人の思い出に関する「エピソード記憶」と化学式や記号、言葉の意味、数式など一般的に知識と言われる「意味記憶」があります。一方、非陳述記憶には身体の動きに関する「手続き記憶」と「プライミング記憶」がありますが、プライミング記憶はここで紹介する記憶のメカニズムとは異なった複雑な原理が関わるので詳しくは説明しません。

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 そこで、長期記憶の代表選手として「エピソード記憶」「意味記憶」「手続き記憶」の3つを取り上げた時、脳が得意な順に並べると
「エピソード記憶」 >「手続き記憶」 > 「意味記憶」
の順になります。脳にとって得意不得意とは、どれだけ多くの神経回路がその記憶を形成するのに必要かということにかかってきます。つまり、意味記憶を形成するにはたくさんの神経細胞の連携が必要になるのです。

 ここで先ほどの睡眠の深さの説明を思い出してください。睡眠の深さは脳波のうち、より多くの神経が関わる徐波の割合で決まるのです。また前回、記憶の塊であるマインドセットの更新は主に睡眠中に行われることを紹介しました。もうお分かりですね。睡眠中にはその深さによってそれぞれ種類の異なった記憶が形成されるのです。

 これまでの研究から、エピソード記憶は主にREM睡眠やステージ2の浅い睡眠で形成され、身体の動きやいわゆるコツといわれる手続き記憶はステージ2の中程度の深さの睡眠時に、そして暗記や意味記憶が関係する学習にはステージ3、4の深い睡眠(徐波睡眠ともデルタ睡眠とも呼ばれます)が必要だという報告がなされています。試験勉強などする場合、一夜漬けするよりもしっかりと深い睡眠をとった方が、本当は効率がいいんですね。

 ここまでおわかりいただけたところで、次回最終回は夢を見る理由と夢分析などについて紹介します。